「やっと来た…」
「…ごめん」
「いいっていいって全然いいって、だからこれ、…早く外して」
「…うん」

彼の自慢の髪の色、光に当たると少し不思議な深い緑に変わるそれは血まみれだ。 が目に鮮やか、というわけにもいっていない。 鮮やかだったであろうの色は、して恐ろしい色を放っているものもある。
これがまさに死の色か。感嘆でもなく詠嘆でもなく、嘆きに似たような絶望のため息は無意識のうちに流れ出る。
「……って」
「ごめん、ちょっと我慢して」
「ん」
彼の腕に突き刺さった大きく太い釘のような物体を引き抜くのは容易ではなかった。壁に彼を固定するために使われていた。彼の左腕と右手は、加害者の目的通りがっちりと壁に繋がれている。
加害者、という言い方はおかしいか。皆が皆やりやられ、誰が被害に合うという次元の話でもないのだ。
「もーちょっと優しく出来ない?」
「頑張ってみてる」
「よろしく」
とりあえずキスをしながら一本目の釘を思い切り引っこ抜いた。座った状態で打ち付けられていた彼の右手が、何とか壁の束縛から解放される。その右手が頭の裏に回される前に、左腕の釘に手をかける。また彼の呻く声が僅かに聞こえて心が痛むけれど躊躇する余裕はない。一刻も早く抜き去って止血をしたい。
この戦いの中で誰かを救うなんて無理に等しいことぐらい分かっている。だけど努力せずにはいられない。
姿
血まみれの手だけれど私の頭を撫でてくれる。痛いのだからそんな風に優しくしてくれなくてもいいのに、例え髪に血がついたって私はそれが嬉しい。骨張った大きな手、私 その手に撫でられるのが大好きだ、優しさが私に降り注ぐ。彼を好きで仕方なくなって感情が溢れだして止まらなくなる、血液みたいに。
「っつ、て…」
「……とれ、た、今、止血する、ね」
「ん、サキンュ」
ぽんぽんとまた振るのは右手、もう左腕は上がらない。痛んで痛んで仕方ないはずだ、私に笑顔を見せようとしているその顔が苦しみ歪むのを気付かないはずがない。
「…遅くなってごめん」
「いや、やっぱさっきのタイミングがよかったよ、オレ、あいつ殺しちゃったから」
その視線の先にいるのは私達の友人だったもの。今はもう、呻き声すら上げられないただの元素の塊、主に荷タンパク質。物言わぬ人形同等、違うのは流れている血の生臭いにおい。
酷い色をした世界。
「…オレ」
「いいよ、苦しいなら今は喋らなくて」
「いや、平気、お前と話してる方が落ち着く」
止血は裂いたTシャツだ、包帯もろくにない。当然と言えば当然だ。

君がいれば七色の世界、君の言葉は虹色の光。血だまりの中でもそれは変わらない。だけど拭われる涙に嘘をつけない私は酷く滑稽だ。
彼の胸に顔を埋めて泣く私の手には鋭い鉛の光、研ぎ澄まされた一本の刃、だけど誰にも刺さらずに渇いた音を立てて地面に落ちる。タイルの床によく響く。
「ものすごく、」
「うん」
「ものすごく好きだよ、だから、もう嫌だから死んでしまおうと思った」
「…そっか」
だって皆いなくなるもの、君がいない世界に一瞬でも居たくない。
そう言ったら目を細めて、今まで上がらなかった左腕を駆使して弱々しく暖かい腕で抱きしめられた。
「大丈夫、だいじょーぶ!オレぜっったい死なないから、生きて帰ろう、何とかなるからさ!」
気休めだって分かっていても無敵に聞こえて笑い合える私たちは恐らく馬鹿で愚かなのだ、そしてこの戦場で誰より幸せだ。
死ぬほど幸せだ。






(愛、戦場にて)