科学は人を楽しませる、大空への旅を許してくれる。
「ねえラピュタ探しにいこうよラピュター」
「遺言は死ぬとき言え」
「冷たいなー瀬尾ー、折角あんなに立派な飛行船あるんだからさー、ラピュター」
「日夏ー、いっこ教えてやろうかー、ムスカの乗った飛行船からシータは逃げちまうんだぞー?」
「うわっは、そうだった、ワインの瓶で殴られるんだった、シータを責めないでください楢木さん、彼女は自由のために人を殺めてしまったの!!」
「それでも死んだムスカは戻ってこねぇ。散瞳剤目に入ってヘリは落ちたんだ」
「ムスカまだそん時死んでねぇから。つーか後半話違うから」
「じっちゃんの名にかけて、シータを守ってみせます、女に二言はなし!!」
「何かもう色々まざってるんですけど」
オイルくさい整備室ではごうんごうんと派手な音を立ててエンジンが回り、蒸気がじゅうじゅうと白く蒸れている。水蒸気なのか自分の汗なのか分からないような中に、ツナギ姿で少年少女計三名、馳せる話は天空の城を眼鏡の少年が推理をしながら祖父の謎に迫る…
「何か違う、お前何言ってんのほんと」
「んー、ラピュタが見たい。巨神兵に会いたい。ゴリアテを潰したい」
「お前ムスカ好きだろ」
「好きじゃないでーす、私は時田しか好きじゃないでーす!」
そう笑ってスパナを振り回しながら、近くの鉄部品にそっと触れる。軍手をしているとはいえ高温のそれだから長時間触れてはいない、すぐに手を離す。
時田、この飛行船の名前で、三人が人生をかけて調整し生かしている宝物だ。何だか古風なこの名前をつけたのは日夏である、彼女は抜群の整備センスと工学能力を持っているというのにネーミングセンスがない。
散々非難しながらも、何でかんで時田と呼んでいる少年たちもまたしかり、この飛行船が好きだった。
「世界に飛び立ちたいんです」
「じゃあお前飛ばし方覚えろよ」
「あ、私無理なんです動いてる飛行船から下を眺めて龍の巣を見つけなくちゃいけないから」
「どこまでラピュタネタ引っ張るつもりなんだよ、大体ラピュタって売春婦って意味があんだぞ知ってんのか」
「わー瀬尾詳しいー」
「ばっ」
「晃太は詳しいぜそういうの。好きだもんなー」
「死んでくれますかあんた、ほんと死んでくれませんか。おいテメー楢木」
「先輩に向かってなんて口の訊き方よ瀬尾!!」
「は、国家ライセンスあるからって偉そーに、あんな紙っぺらオレだってとれるね!運転は確実にオレのが上手い」
一応国家の公認試験を受けることによって飛行船の運転許可証が貰えるのだが、今空をゆく様々な飛行体たちはそんなものに縛られてなど居なかった。
そもそも飛行法が事実上破綻したのはもう十年近く前の話なのである。今の国家に、増えゆく技術士達の飛行能力を制御する気などはないし、仮に彼らが止めようと力を出した所でどうになるものでもない。むしろ今の軍事国家の後ろでは、確実に動いているであろう所謂不正飛行。
もはや不正という名が適切なのかどうか分からないぐらい大空に跋扈する飛行体たちは、この若き者達のように、単に大空を飛ぶことだけを求める者によるだけではなくなってしまっているのである。
始まりは全員が、空への夢であったに違いない。いつから崩れたのか。隣国とのいざこざが耐えなくなり、戦争のうちに飛躍的に伸びた飛行技術であるのか、はたまた遠くの国との交易のため需要が急増した空輸が原因であるのか、正確な所は計りかねるがしかし。
「楢木さん安心してくださいね、私は楢木さんしかパイロットは出来ないと思ってますからね。私を甲子え…じゃねぇや世界の空へ連れてって」
「お前本当に行きたいのかよ」
「まっかせろ日夏、オレが甲子え…じゃねぇや世界の空に連れてってやるから!」
「あんたもか」
「頼りにしてますよ楢木さん、俺様全開で自己中要素満点で実に操縦士向きな貴方ですからね、信頼してますほんと」
「ぶっ」
忍び笑いを堪えられない瀬尾を横目で睨む。日夏の髪をがしがしと崩す。そんな彼は、楢木はもう18になる。
「オイルが髪につくから離してください!」
「いーまーさーらー!っつーかお前ほんとにオレに操縦士やらせる気ぃあんのか!」
「ありますよ!だけど私たちを世界の空に連れて行く操縦士でいてくれればいいんですよ、ほんと言うとライセンスなんていんないんです」
ふと止まる空気と、モーターの重低音、水蒸気の音、肌にからみつくむしむしした熱度、機械油のにおい、声は微か。
「楢木さんはまだ整備士でいていい、国家資格なんていらない、戦闘機操縦士なんてならなければいい」
「日夏」
「私あの戦闘機の整備なんてしませんから。楢木さんが傷付きに行く飛行機の調子なおすなんて絶対嫌だ」
空気抵抗をなるべく減らそうとスリムになったボディ、こんこんと音のする硬質なそこに記されているのは国家の象徴のマーク。
「…けど明日までに整備しろって言われてるだろ」
「出来ません、無理です、私あんなのに触れたらその瞬間にガソリンぶっかけて煙草吸います。あんまものいらないんです、いらない。欲しくない。消えてしまえばいい。何で私があんなのの整備をしなきゃいけないのですか、私は時田の整備だけ出来ればいい。催促にくる軍のワン公なんかスパナマジックでアンドロイドにしてやる」
「何だよその必殺技…お前が反逆者になっちまうだろ馬鹿が、ルルーシュか」
「知らないです元ネタ。…私は戦争なんてばかなものが大嫌いなのです、私が捕まったらその場で自爆してやります、頭の悪い軍人がまた一人死ぬ。はは、万歳です」
「日夏」
「嫌なんですよ、嫌です。どうして、18になったらなんて、まだお酒飲んだって咎められる年なのに、どうして戦争しにいってはいいんですか。脳を殺すのはよくないのに人を殺しにいくのはいいの、傷付きにいくのは許されるのですか」
楢木によって握られた彼女の手は、整備士として最高の腕でもまだ華奢で稚拙で、震えている。もう片方の手で撫でられた頭で分かるその身体も同様、もうオイルがつくなどという文句は零れなかった。
「好きなんですよ死ぬほど好きです、時田が、空が、私を幸せにしてくれるこの場所が、そこに、どうしても駄目なんです、楢木さんと瀬尾がいなかったら意味なんてない」
収集の礼状を破り捨てても飛行機に火を付けても、すぐに代替品がやって来てしまう。彼女という整備士が死んでも、整備をしていない飛行機に乗せられて彼はゆく。血染めの大空に鉄の塊と共にゆく。
「じゃあ」
瀬尾の言葉も楢木の表情も日夏の感情も
「奴らより先に、いってしまえばいい」
全部ひっくるめて乗せて、白は空へと逃避する。
Long Load
翌日、規定時刻になってもやって来ない飛行機と戦士とに腹を立ててやって来た軍人たちの目にうつるのは、かつて光がみっつあった整備工場。
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