けっして大きな口なわけじゃなかった。
普段は球のはじっこに生えている高い高い星の木の実をすりつぶして星屑にして腹に入れるくらいしか働いていない口。この球に彼以外の宇宙キリンはいないから、彼の言葉が分かる者もいないわけだ、つまり話すことがない。いつかこの球を離れて他の球にいった時、宇宙キリンに出会っても言葉を忘れてしまっているかもしれない。
けれど、それはそれでいいとも、ひとりぼっちの宇宙キリンは思っていた。彼には大切なものがあるから、大切なものが壊れるときまでそれが寂しいくなだろう。まだ先だ、宇宙キリンは長い長い時間を生きる生き物だから、きっとその時は来るだろう、しかしまだ先だと念じる。

窓がかたりとなった。肌の白い女性が窓を開けてこちらをみていた。凍り色の家で、屋根だけがあの燃える大きな星のように明るく赤い。あれを太陽という、長い時間を生きる宇宙キリンは知っていた。あれが壊れそうで怖いから、この地球に住んでいた者、彼女の仲間たちはみんな他の地球にいってしまった。彼女だけが置いてゆかれた。彼女の顔の右半分には太陽の呪い、屋根の色の大きな痣があるから、地球への最後の捧げものなのだと、忌むように言っていた彼女の仲間たち。
宇宙キリンは銀河の中で三番目に賢い。宇宙の終わりで星屑の勘定をしている商人や、プルートの後ろでいつも酒を飲んでいる賭博家たちより、ずっとたくさんのことを知っている。
だから分かっていた。彼女の本当の仲間などいなく、白い肌に赤い痣、それは彼女を蝕み、この地球に宇宙キリンとふたり残した。
宇宙キリンを置いていったのは、大きすぎて船に乗れなかったからだ。首を折りたたんで入れようとしたので、怒った宇宙キリンが一蹴りしたら動かなくなってしまった仲間の仇なのだと言う。さばいて食料にしてやろうかと人々は叫んだけれど、宇宙キリンは強くて、そのうち彼らは諦め、いってしまったのだ。
宇宙キリンの肉は七色に輝き甘い果物のようなにおいがする。口に含めば文字通りほっぺが落ちる。毒素のひとつやふたつがなければ宇宙は安心出来ないのだよと、遠い遠い昔、仲間の宇宙キリンが言っていたのを思い出す。ただの肉の塊にされてからじゃ遅いだろうに。


「ごめんね」


彼女がよってきてそう言い、南極星の形をした砂糖菓子を宇宙キリンの前に差し出した。ぴかりぴかりと光る砂糖菓子をおずおずと口に含む。普段口になどしない砂糖菓子は宇宙キリンの長く器用な舌の上を滑らかに滑った。
美味しい。ありがとう。そう伝えたいが、宇宙キリンの口は彼女の言葉を紡ぐような形に出来ていなかった。残念だ、と彼は思う。最後くらい話し相手になってやりたい。


「おまえを付き合わせてしまうのね、私は」

違うよ、と首を振ってまた砂糖菓子を貰った。彼女に宇宙キリンの気持ちは伝わっていない。


宇宙キリンの宝物はこの星からよくみえる。溶けだしそうで冷たそうな月だ。
それが壊れてしまう日まで見守りたいのが宇宙キリンの気持ち。
太陽が死ぬとき、彼女はその痣と一緒に死ぬだろう。宇宙キリンもそうだと彼女は思っているがそれは間違いだ、宇宙キリンは簡単には死なない。土星のリングから滑り落ちた時も蠍に尻尾を噛まれたときも死ななかった。宇宙キリンは強いのだ。
宇宙キリンは彼女がいなくなり光もなくした宇宙でも、朽ちてゆく月を見られればよいのだ、足場がなくなるなら泳いでいって舐めてやろう。舌先がじんわりと冷える月の味をゆっくり咀嚼して、互いの毒素で死にゆくのも幸福だろう。
その昔の恋人たちよ、宇宙キリンと月よ。大きくない口には互いの愛を込めて死んでゆけ。


 

月の庭でを食べたキリン


TITLE BY オペラアリス