雨に濡れてもそりを厭わないで立ちつくしている後ろ姿は酷く物悲しげだったのを覚えている。
ある日散歩に来たら飼い主に首輪を外された犬のようだった。生まれた時はペットショップ、飼われて幾年、人間の身勝手のようなものに付き合わされて屋根の下、やっと出てきた空の下いきなり手放された放り出されたというような、ぽつんとした存在感。
何を待ち望んでいたのかすら分からずにどうしたいのかも分からずにただそこに立ちつくす姿はとても悲しくて抱きしめたくてだけどそんなことは出来ない僕は手に持っていたタオルを投げつけることしか出来なかったわけだ。
「ききき桐生くんあああ雨がー!!」
「……ああ、本当だ」
「たたたたた大変です洗濯物が干しっぱなし!」
「はぁ!?お前言っただろ今日天気予報で午後から雨って!」
「だだだって…」
半泣き状態の遊佐を責めた所でどうにもならない。ごめんごめんと頭をぽんぽんと撫でてやるとまだ悔やんだ表情は残しつつもえへへと小さく笑った。
遊佐は本当に、ぽうと光が灯るように笑う。微笑みは太陽の前では霞んでしまうようだけれど僕にとっては何よりの光だ、蝋燭に無事火がついた時のあの安堵感を思い出させる。この笑顔を見ると安心するのだ、ああ世界はまだ暖かだと。
「まー濡れちまったもんはしゃーねーか、もう放っておこうぜ」
「うえええいいの!?」
「いいだろ、もう今更だし」
家路に走ろうとしていた遊佐の手をひいてもう一度来た道をいく。特にあとは何もない、買い出しはすんだし、特に予定もなかった。
「このままどっかいこう、遊びにいっちまおう」
「いいいいいの!?雨ですよ!」
嬉しそうに一度輝いた目もすぐに不安に染まってしまう。ああ染まらないでどうかその色よ引いて下さい、僕は彼女の笑顔が何よりも好きだ。
「いいよ別に」
「…っわーい!!私雨って大嫌いだけど大好きです、雨のお陰で桐生くんに会えたんですよ!!」
「…おっまえは本当にこっぱずかしいことをぽんぽんと…」
「はははー、ポジティブなのは私の唯一の長所なんです!」
自信ありげに笑うその姿も全部だ、いつの間にか手に入れていたわけではない。 雨の日の捨て犬は最初全然懐かなくて、黙ってついてきたと思いきやまたいきなり雨の中に飛び出していこうとしたりベランダから飛び降りようとしたりとにかく大変だった。
最初、彼女は待っていたかったのだ、自分をそこへ置き去りにした、人間のことを。待っていればまた向かえに来てくれるのではないかと。けれど人間なんて人間に対しても無情だった。彼女は犬じゃない、生きていくのには酷く重圧な愛を受けてしまった。
だから壊してやろうと思った。最初は同情にも満たない感情、それは本能というべきか。僕もまた捨て場が家の中だったというだけで同様だったから、自分と同じものを見つけて喜んだだけだったのか、当時の真意など今はもう闇の中。
「……お前に会ってから色々おかしくなったよまったく、そういうの嫌いじゃない」
「好きですか!」
「ああものすごく好き」
「…っえっへへ!!」
馬鹿じゃねーのおまえ、そう言っているのが口だけだと彼女にも分かるのだ、足取りが軽く変わる。 彼女の嫌っていた雨はまだ降り続く、愛してくれた人との最後の繋がりで別れて涙みたいなもので、けれど僕にとっては大切なものを引き合わせてくれた幸福だ。
雨の日の度に泣いていた彼女の体温を思い出すとまだ辛くなる時もあるけれど、今はただ、遊佐を愛して近くにいる、その現実だけで全てが満たされる気がするんだ。
地空繋ぎと味付き磁石
(繋ぎ止めてくれた雨が止んでもたぶんそのままなのだろう)
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